事象

 

相対して一対(同時=ひとつのもの)の内界に連続の積み重ねがある、表裏一体に、連続の積み重ねの総体に同時(ひとつのもの=相対して一対)がある

 

【光の単位量の内界:物質宇宙に生れ出るあらゆる時空間量の根源
光りの単位量に速さは無く、光りの単位量の完結の連続の積み重ねという外界に速さが在る
光の単位量(質量という概念の始まりから終わりまで)の内界に完結(あらゆる見かけ上の質量と、表裏一体にある、あらゆる虚空間量で一対=同時)する。そして光は速さを有して宇宙空間を進むのではなく、光の単位量の完結(同時)の連続の積み重ねに速さとして在る。
宇宙は相互作用を有する光の単位量の総体(同時)であり、すべての光の単位量は同時に始まり、そして同時に完結する
(宇宙空間は常に演算量に稼働している)
そして速さを有する物体から発せられた光も、真空にある光も、共に普遍の虚距離に到達する。

 

光の速さが変わらない理由:光の単位量に普遍に在る

※光速度不変とは、光の単位量(単位虚距離=同時)の内界に得た見かけ上の質量に、虚距離が変化すること(光の単位量は普遍に在る)
※光(演算システム)を、光の単位量に完結の連続の積み重ねという速さ、及び物体の移動する速さと同じに捉えては時間と空間の説明はできない。
仮に光の単位を10という分裂単位量と仮定し、静止する質量という概念を一粒とする。静止する質量の1粒は、表裏一体に、残りの9粒という未結果量の総体(虚空間量)と同時にあり、発せられた光は、9粒という虚距離を9粒という虚速さと、9粒という虚時間で、自己という距離を含め単位虚距離量に到達する
仮に見かけ上の質量(5.5粒=今)に在る自己は、表裏一体にある、減少した4.5粒という虚空間量と同時にあり発せられた光は、4.5粒という虚距離を、4.5粒という虚速さと、4.5粒という虚時間自己という距離を含め単位虚距離に到達する
速さを有した物質から発せられた光は、静止する物質から発せられた光より、相対的にゆっくり、そして減少した虚距離に到達する。また静止する物質から発せられた光は、速さを有した物質から発せられた光より、相対的に速く、そして変化しない虚距離に到達する。
しかし共に光の単位量の一ページ(虚距離量=同時)の内界に、得た見かけ上の質量(増幅する距離)と、相反する、減少する虚距離量で一対(同時)という増減に稼働しているのみであり、あらゆる速さを有する物体から発せられた光は同時に普遍の虚距離に到達する(光速度不変)

※物体(分子→原子→素粒子)が速さ(見かけ上の質量)を有し、物体とその虚空間は縮み(収束)、時間(虚時間)の進みが遅れることは、光の単位量(同時)の内界(変化する見かけ上の質量と、表裏一体にある、変化する虚空間量で一対)で起きていることであり、光の単位量の外界に在る、速さを有すると思えるもの(光の単位量に完結の連続の積み重ね=光の速さ、及び物理的な力に得た速さ)をもって説明できず、光の単位量の内界(虚距離:虚時間:虚空間という同時の内界に、距離:時間:空間を得る、で一対=同時)でしか説明できない。

 

光の速さが変らない理由:何も増えず何も減らない
※相反する普遍の虚距離の内界に、相反する距離の増減が在る=光の単位量は変わらない。
静止する発光体から、相反する方向に発せられる光も、速さを有した発光体から、相反する方向に発せられた光も、光の単位量(相対する普遍に虚距離)に同時に到達する。光の単位(質量という概念の総量を生み出そうとする単位相互作用量=同時)の内界にある限り、あらゆる速さを有して、あらゆる方向に移動するものも、そして静止するものも互いに認識できる。
そして単独で速さを有し、他者との相対的な速さの比較ができない場合にあっても、光の単位量(単位相互作用量)の内界で、増減に連続する結果量(あらゆる見かけ上の質量=今と、表裏一体にある、あらゆる単位虚空間量=今)の、間(歪=今)という位置を有している。
■静止する宇宙ステーションから観測して、仮に光の速さの半分で等速運動するロケットの進行方向に発せられた光は、静止する宇宙ステーションと同時にある虚空間量と比較すると、小さな虚空間量(減少した単位虚時間量と、表裏一体にある、減少した単位虚距離量)にあり、小さな虚速さ(遅い=少ない相互作用量)と、小さな虚時間(ゆっくり進む=少ない相互作用量)として光の単位(普遍の虚距離)に到達する。
そして進行方向の反対側に発せられた光は、静止する宇宙ステーションと同時にある虚空間量と比較すると、大きな虚空間量(増大した単位虚時間量と、表裏一体にある、増大した単位虚距離量)にあり、大きな虚速さ(速い=多くの相互作用量)と、大きな虚時間(早く進む=多くの相互作用量)として光の単位量(普遍の虚距離)に到達する。
■また仮に光の速さの半分で等速運動するロケットから観測して、静止する宇宙ステーションから宇宙ロケットの進行方向に発せられた光は、宇宙ロケットと同時にある虚空間量と比較すると、大きな虚空間量(増大した単位虚時間量と、表裏一体にある、増大した単位虚距離量)にあり、大きな虚速さ(速い=多くの相互作用量)と、大きな虚時間(早く進む=多くの相互作用量)として光の単位量(普遍の虚距離)に到達する。
そして進行方向の反対側に発せられた光は宇宙ロケットのある虚空間量と比較すると、小さな虚空間量(減少した単位虚時間量と、表裏一体にある、減少した単位虚距離量)にあり、小さな虚速さ(遅い=少ない相互作用量)と、小さな虚時間(ゆっくり進む=少ない相互作用量)として光の単位量(普遍の虚距離)に到達する。そして光は相対する普遍の虚距離で一対という単位量(ひとつのもの)にあり、すべての光は普遍の虚距離に同時に到達する(光速度不変)

 

【光の単位の外界:光の単位量の相互作用を有そうとする総体(平行宇宙)は、更なる光の単位量に収束に連続する積み重ね(目的宇宙)】

あらゆる連続は、あらゆる単位量の内界に同時に在る=あらゆる同時は、単位量の外界に連続するに在る

あらゆる見かけ上の質量と、表裏一体にある、あらゆる虚空間量は光の単位の内界に確定(静止する)にあり加速も減速もしない。そしてあらゆる光の単位の完結(同時)の、連続の積み重ねという、光の単位の外界に、静止・等速・加速・減速という運動がある。


宇宙の果て(膨張空間量の外殻と、表裏一体にある、更なる虚空間量の間)

※宇宙の果ては無限に連続する。

2次元面に静止する(質量という概念に到達=進化)→2次元面~3次元(進化の総量に到達しようとする=見かけ上の質量の総量と、表裏一体に、虚空間量の消失)に完結する。2次元面に静止する(進化に到達)は、表裏一体に、インフレーション(3次元に到達しようとする虚空間量=演算量)と同時にあり、演算世界を稼働する動力量とは4次元の内界に膨張空間量(意識量)として在る。

そして2次元面(進化)に到達し、表裏一体にある、インフレーション(虚空間量)の内界に結果単位量に生まれ出た質量という概念(自己)は、自己を生み出した動力(分裂量=膨張空間量=意識量)の内界に稼働(生まれ出る)することができる。

宇宙の果てとは、1次元~3次元(質量という概念)を内包する4次元(意識量)の外殻に在り、表裏一体に、質量という概念がが入り込めないという5次元(到達していない意識量=未結果量=無いものと同じ)と同時にある。そして3次元に完結(自己に到達)しようとする途中にあり、4次元の内界(意識量)は膨張し続け、そして宇宙の果て(膨張空間量の外殻)は進化と同時に遠ざかり、しかし宇宙(自己)に到達しようとしている。

1次元~3次元(質量という概念)→4次元~6次元(原子という概念)→7次元~9次元(分子という概念)→11次元13次元(生物という概念)→更なる次元(更なる概念)も同じ原理上に連続している。

 

宇宙の果てはわからない(質量という概念=自己は、自己を生み出した意識世界から出られない)

※あらゆる概念(自己=今)は、過去に在る概念を自己の内界に認識し、表裏一体に、未来にある概念を認識できない。

素粒子(概念)は原子の内界に在り、しかし原子(概念世界)を知らない(到達できない意識量)原子(概念)は分子の内界に在り、しかし分子(概念世界)

知らない(到達できない意識量)分子(物質宇宙という概念)は生物の内界に在り、しかし生物(概念世界)を知らない(到達できない意識量)

そして生物(概念宇宙)に在るものは、仮に膨張宇宙の外殻(宇宙の果て)に到達し、そして宇宙の果ての先と表裏一体に在ろうとも、そこに宇宙の果てが在ることはわからない(知らない)


宇宙の果てには到達しない(すべての在るものは相対して一対に在る=すべての在るものに位置はない)

※宇宙は、ひとつのもの(0次元)から生まれ出て、0次元の分裂の総体という、ひとつのものに在る。

※質量という概念が光の単位量に完結ごとに、更なる光の単位量の中心に位置する=宇宙(光の単位量の総体=同時)に完結ごとにあらゆる光の単位量は宇宙の中心に位置する。

宇宙発生の原因は過去に完結した概念(ひとつのもの=0次元)にある。宇宙の始まりは、ひとつの粒子(0次元)の総体(10に分裂=特異点=1次元)であり、特異点の内界に在るすべての粒子は相対して一対(位置を有さない)に在る。

更なる分裂単量(次元)に連続し、素粒子(質量という概念=ひとつのもの)に進化し、更なる素粒子の分裂に連続しようとも、あらゆる素粒子は相対して一対(位置を有さない)。そして同じ原理上に連続し、原子→分子→物体(生物)も位置を有さない。

素粒子(自己)に意識を置けば外界にすべての素粒子(他者)と同時に在り、位置を有さない自己は宇宙の中心に在る。そして素粒子を根源として生物(自己)に生まれ出て、素粒子を根源に有する物質を使い、移動手段を得たとして、あらゆる方向に宇宙の果てを目指して進もうとも、着いたところは宇宙の中心に在る(あらゆる方向に同じ距離と宇宙の始まりが在る)

※宇宙は、素粒子→原子→分子→物体→生物という進化(更なる次元)連続する。しかしその根源は過去に完結した概念宇宙(0次元=無)であり、更なる分裂単位量(次元)に連続する宇宙は、どこまで進化(次元=更なる概念)しようとも、0次元の分裂の総体(同じもの)に在る。

 

【進化:すでに在る答えに還ろうとする

※あらゆる今に在る均等(静止=存在)から、あらゆる歪(意識量)に生まれ出て、更なる均等(静止=存在)に到達しようとする。

※あらゆる物理的な力に得た結果(存在した)は、表裏一体に、あらゆる演算世界(多世界)に連続する=宇宙の活動は進化量の内界に在る

すべては単位量(原因と結果が同時に在る=すべての可能性のひとつに生まれ出ようとする=量子)に在る。その原動力は、今に在る均等から更なる均等(相対して同じに在ろうとする)に到達しようとすることにある。そして単位量(次元=概念)が、ひとつの運命に生まれ出ようとすれば、その内界に在る単位量(過去に在る次元=概念)の宿命は変化する。

あらゆる生物が外界にある、あらゆる環境に適応(外界と同じものに在ろうとする)しようとするという答えを得れば、内界にある概念(臓器→細胞→分子→原子→素粒子)の行動は変化し、相反して、適応した生物(機能という形)に変化していく(進化)

今という宇宙は過去に完結した概念を内界に有し外界という素粒子(更なる概念)に進化→素粒子を内界に有し外界という原子(更なる概念)に進化→原子を内界に有し外界という分子(更なる概念=物質宇宙)に進化→物質宇宙を内界に有し外界という生物宇宙(更なる概念)に進化→生物宇宙を内界に有し外界という更なる概念に進化しようとしている。

すべては今に在る目的量(単位量の内界に在る可能性のひとつに生まれ出る)から更なる均等単位量の内界に在る可能性のひとつに生まれ出るに連続する。そして宇宙そのものが進化に稼働するものであり、その内界に在るものは進化に連続する宿命に在る。

※進化論からいえば個々の生物の自然界への適応力により存続と絶滅という自然淘汰となる。しかし適応力(自己の内界と、表裏一体にある、自己の外界との中間=均等を得る)には、存続するための機能という形を得るための、目的量(原因=到達すべき概念)がすでに在る。そして進化とは得た目的量の内界に在る意識量(単位相互作用量)に生まれ出ることであり、結果(進化)に生まれ出た、あらゆる生物の総体に自然淘汰という現象がある。

※生物(物体)→臓器→細胞→分子→原子→素粒子(質量という概念=単位時空間量=意識量の根源)。そして、ひとつのもの(生物=意識量=すべての可能性のひとつに生まれ出ようとする=運命の内界にすべての素粒子(光の単位量=見かけ上の質量と虚空間量に完結の連続の積み重ね)が稼働(宿命)し、原子→分子→細胞→臓器→生物(人間)の行動に生まれ出る。

 

 

速さの世界に生まれ出て、相反して、速さを消失し結合する=宇宙の活動は進化に連続する為のもの

※過去に完結した概念宇宙(原因)→分裂単位量(次元=概念)→単位相互作用量(重力=意識量)→見かけ上の質量と虚空間量に完結(重力に得た距離)→光の単位量に完結の連続の積み重ね(速さの世界)→更なる結合(進化)宇宙が進化に連続しようとしなければ、あらゆる事象は生まれ出ず、そして宇宙は静止し、ないものと同じに在る。

光の速さ(質量という概念の総量)に到達した素粒子は原子の内界に結合(進化に静止する)→原子どうしの重力(速さ)に生まれ出て分子の内界に結合(進化に静止する)→分子どうしの重力(速さ)に生まれ出て物体の内界に結合(進化に静止する)→物体どうしの重力(速さ)に生まれ出て生物の内界に結合(進化に静止する)。そして更なる速さに生まれ出て進化(更なる結合)に連続しようとしている。

光の単位量の総体(見かけ上の質量と虚空間量に確定しようとする=平行軸)は更なる次元(単位相互作用量=進化軸)の内界に稼働する。しかし過去の次元(平行軸)からすれば、今という次元は進化軸に在るもの(すべてはひとつの原理に稼働する)

※素粒子→原子→分子→物体→生物は、到達すべき自己(概念)の内界に稼働し、自己という概念(ひとつのもの)の外界に出ることはできない。しかしあらゆる完結した概念は、更なる概念の前提(原因)として在り、自己の外界に生まれ出る(更なる概念の内界で稼働する)

そして原因(目的量=単位相互作用量=単位の内界に生まれ出るであろうすべての可能性=多世界)は、表裏一体に、結果(宿命=すでに在るであろう、到達すべき、すべての可能性のひとつに生まれ出る=多世界の終わり)と同時(一対=ひとつのもの)に在る。

そして演算世界(重力=単位時空間量)の内界に生まれ出る質量という概念(得た時間=距離=速さ)は、すでに在るであろう、到達すべき目的量(虚時間量=虚距離量=虚速さ量=到達すべき概念)に連続(原因に還る)している。