事象

相対して一対(同時=ひとつのもの)の内界に連続の積み重ねがある、表裏一体に、連続の積み重ねの総体に同時(ひとつのもの=相対して一対)がある


あらゆる存るものは目的量
(到達すべき概念=自己)の内界(分裂単位量=相互作用単位量→重力=得た距離→得た速さ→得た結合→得た進化)に稼働するもの。到達しようとする結果量が無ければ、相反して、原因も無い。そして未来は無く、生まれ出る場所という虚空間も無い。あらゆる自己(意識)は未来に向かうと思え、しかしあらゆる自己は意識(原因)に還ろうとしている。
原因
(無限に連続する分裂単位量=無量=あらゆる今=無)と、相反する、結果(無=あらゆる今=更なる無量=無限に連続する分裂単位量)が表裏一体(同時=ひとつのもの)に在る(宇宙)
そして
相互作用結果単位量(均等という虚空間の内界に得た、見かけ上の質量という概念・見かけ上の概念という進化=歪=今)の連続を積み重ねようとする、宇宙(無)の内界とは、矛盾のないシステム(原因=今に在るひとつのもの=均等から、相反する、更なる均等=ひとつのものという今に在ろうとする=単位の内界に生れ出る相互作用の総量に到達しようとする=すべてのひとつのものが相対して一対にあり、相対する均等の内界に稼働する=虚時間・虚距離・虚速さ・虚空間=質量・数量以前)そのものに在る。

 

[光の単位の内界:あらゆる分裂単位量に得た普遍の虚距離・虚速さ・虚時間の総体・虚時空間=物質宇宙に生れ出るあらゆる事象の根源
光りの単位の内界に速さは無く、光りの単位の完結の連続という外界に速さが在る(光りの単位の内界=相対する普遍の虚距離に完結が、光の単位の相互作用を有する総体という、更なる単位量という概念の内界に稼働する)。
光りの単位演算量=虚速さ=虚空間は、連続する質量あらゆる見かけ上の質量を生み出すためにあり、しかし質量という概念を有していない光に単位も常に演算量単位の内界にある相互作用量に稼働している宇宙に在る、すべての光の単位は同時に完結する
光の単位同時の内界に速さは無く、光の単位の完結の連続の積み重ねに速さの世界があると思える。そして生物光の単位の外界に生まれ出た概念=進化単位量は光りの単位の完結生物の感じる一番短い時間=同時の連続の積み重ねに、すべての事象が稼働時空間すると思える。
すべての光の単位(質量という概念の始まりから終わりまで)の内界に、同時に完結しようとして稼働することを前提とすれば。あらゆる見かけ上の質量は、表裏一体にある、あらゆる虚空間とで一対(同時)にある。そして宇宙空間とは無数にある光りの単位(光りの速さに到達した素粒子に完結しようとする、相反して、あらゆる素粒子は光の速さに到達せず、あらゆる光りの単位内に稼働する)が、更なる相互作用を有する総体(更なる概念という単位量)であり、宇宙空間は常に演算システム(すべての未結果量に均等にあり、相反して、ひとつの結果に収束しようとする=すべての相対するものが相互作用を有し中間=均等、に到達しようとする=重力=時空間)に稼働している。
質量という概念が生まれ出ていない、光りの単位の内界に質量という概念の総量に到達しようする相互作用単位量(重力=時空間)は生まれ出ない。しかしあらゆる速さを有する物体から発せられた光も、真空(虚空間)にある光も、共に到達すべき普遍の虚距離に変わりはない。それは真空(虚空間)に在る光りの単位も未結果量に完結という稼働量を有していること。
そして真空(虚空間)に在る光は速さを有して宇宙空間を進むのではなく、光の単位の外界にある、生物(素粒子を根源に構成される総体=同時=ひとつのもの=更なる概念)が、光の単位の完結の連続の積み重ねを認識(意識)し、速さを有していると思えるもの。
今の宇宙にある、すべての在るものは質量という概念に完結しようとする
(光の単位=質量という概念の始まりから終わりまで=あらゆる見かけ上の質量、と表裏一体にある、あらゆる虚空間量で一対に完結しようとする=重力・距離・速さ・時空間の根源)が前提にあり、光の単位の完結(同時)の連続の積み重ねに、あらゆる事象が稼動(時空間)していると思えるもの。

光の速さが変わらない理由1:光速度不変とは、物理的な力に得た距離に光の速さという虚距離が変化すること虚空間量と、表裏一体にある、見かけ上の質量は、相反する同じもの
光速度不変とは、光の速さが不変にあることではない=光の単位に普遍に在る。
光りは普遍の虚距離の総体得た相互作用単位量に稼働しようとする演算量=単位=同時であり、同時の内界に得た結果量連続する質量の総体=同時=距離の根源=見かけ上の質量が生まれ出るもの。そして光の単位の完結の連続の積み重ねという外界に速さがあると思える更なる相互作用単位量に生まれ出る=進化の根源
光りの速さ演算システムと、物体が移動する速さ単位の内界に生まれ出た物理的な力に得た見かけ上の質量を、同じ速さという概念で捉えては変化する時間と空間の説明はできない。
始まりの分裂単位量に得た相互作用単位量に完結=1次元(質量という概念の前提)→更なる分裂単位量に得た相互作用単位量に完結=2次元面(静止する質量という概念)は、更なる分裂単位量(質量という概念の総量=光りの速さに到達した素粒子=3次元に完結しようとする)内界に在り、今は静止する質量(物理的な力に得た見かけ上の質量という距離を得ず、演算量という虚空間量に分散しない=質量の1粒)は、表裏一体に、残りの9粒という、未結果量の総体(静止する質量という概念の内界にある相互作用単位単に得た演算量という虚空間)と同時にあり、発せられた光は、9粒という虚速さで、9粒という虚距離を、9粒という虚時間で、自己(質量を虚空間の内界に認識する=今)という距離を含め光の単位という虚距離の総量に到達する
仮に見かけ上の質量(虚空間の内界に相互作用結果量に放出された、見かけ上の質量=今=5.5粒)に在る、自己(質量を虚空間の内界に認識する=今)は、表裏一体にある、減少した残りの4.5粒という、演算量(虚距離=虚速さ=虚空間)と同時にあり、発せられた光は、4.5粒という虚速さで、4.5粒という虚距離を、4.5粒という虚時間自己という距離を含め、光の単位という虚距離の総量に到達する
すべてが減少(自己の内界=見かけ上の質量という今に収束、表裏一体に、自己の外界=収束した虚空間という今)と同時に在る。そして減少(収束)に連続するという意識(認識の連続の積み重ね)は、すべてが変化していないと感じ、光の速さ変わらないと感じる(あらゆる今は過去と未来と相対的な違いにあり、しかし過去と未来との相対的な比較を意識できない)
あらゆる速さを有した物質から発せられた光は、静止する物質から発せられた光より、ゆっくり(光の単位の内界に、減少した相互作用量に得た減少した演算量に到達しようとする)として相対的にあり、静止する物質から発せられた光は、速さを有した物質から発せられた光より、速い(光の単位という相互作用量に得た演算量に到達しようとする)として相対的にある。
しかし共に原理世界の一ページ(光の単位=相互作用単位量に得た演算量=虚距離の総体=同時)の内界に、得た見かけ上の質量(増幅する距離)と、相反する、減少する演算量(減少する虚距離)で一対(同時)という増減に稼働しているのみであり、静止するも含め、あらゆる見かけ上の質量(得た距離の総体=同時=速さ)を有する物体(物体の根源は素粒子=光の単位)から発せられた光は同時に普遍の虚距離に到達する(光速度不変)

光の速さが変らない理由2:光の単位は、相対して一対という、ひとつのものに在る相対する普遍の虚距離という、同時の内界にドップラー効果がある
光りの単位最少角度に連続する相対する普遍の虚距離=質量という概念に完結しようとするの内界に生まれ出た、あらゆる現象は、相対する結果量で一対同時=ひとつのものにある。
ある位置を決めれば、そこには光りの単位の内界という最少角度に連続する、相対する普遍の虚距離(あらゆる分裂単位量に得た、虚速さの総体=虚空間)がある。そして相対する普遍の虚距離の、どちらの方向に結果単位量(見かけ上の質量=今)したとしても、選んだ方向(虚距離)と、選ばなかった方向(虚距離)という、相対する普遍の虚距離の総量は変らない。
立ち止まる人に右方向から向かってくる救急車のサイレンが聞こえる、立ち止まる人と走らない救急車が発するサイレンの音
(音程)を基準とすれば、基準という虚距離(演算量=光の単位)の内界に救急車の得た結果量(見かけ上の質量=今)が入り込み、残りの減少した虚距離(演算量)と同時にある。発せられたサイレンの音の量は圧縮した状態となり高音に聞こえる。
そして立ち止まる人の前を通り過ぎ走り去ろうとすることは、基準という虚距離
(演算量=光の単位)の外界に、救急車の得た相互作用結果量(見かけ上の質量=今)を加えた虚距離となる。走り去ろうとする救急車が発するサイレンの音の量は膨張した状態となり低音となり聞こえる。
救急車が向かってくることは、救急車が向かおうとする方向の、虚距離
(演算量=虚空間)に立ち、救急車が立ち去ろうとすることは救急車が選ばなかった方向の、虚距離(演算量=虚空間)に立っていること。そして、進む方向(虚距離)と、相反する、進まなかった方向(虚距離)が、同時(相対して一対=ひとつのもの)になければドップラー効果は現れない。
ある点に向かおうとすれば
選んだ普遍の虚距離の総体(虚速さ)の内界に見かけ上の質量(距離)生まれ出て、相反して、普遍の虚距離の総体(虚速さ)は減少に連続し、近づこうとする虚距離は小さくなる。また、ある点より遠ざかろうとすれば選ばなかったという普遍の虚距離の総体(虚速さ)に見かけ上の質量(得た距離)が加算され遠ざかろうとする虚距離は大きくなる。
そしてあらゆる光の単位
(質量という概念に完結しようとする演算量=虚距離・虚速さ・虚時間)の内界に、あらゆる見かけ上の質量と、表裏一体に、あらゆる虚空間量に確定(光の単位に完結)の連続の積み重ねに、距離と速さと時間という概念が生れ出る。
※楽しい時は速く過ぎ、退屈な時は長く感じる。楽しいことは、得た概念(到達すべきひとつのもの=知ろうとする=相互作用単位量)が演算量(虚距離=虚速さ=虚空間=到達すべき答え)の内界に入り込もうとする、速さ(距離)を得て、減少した相互作用量(減少した虚時間=減少した意識は、小さな虚時間(短い)を感じる(意識の存在量が減少する方向)、相反して、退屈なことは、得ていない概念(到達すべきものはない=知ろうとしない=相互作用量)が演算量(虚距離=虚速さ=虚空間=遠ざかる答え)の外界に加算しようとする速さ(距離)を得て、増大した相互作用量(増大した虚時間=増大した意識)は、大きな虚時間(長い)を感じる(意識の存在量が増大する方向)


光の速さが変らない理由3:何も増えず何も減らない相反する普遍の虚距離という単位の内界に、相反する距離の増減が在る=光の単位量は変わらない
光の速さ虚距離の総体=同時と、表裏一体にある、物理的な力に得た速さ距離の総体=同時は、相反する速さに在る。
静止する発光体から、相反する方向に発せられる光も、速さを有した発光体から、相反する方向に発せられた光も、光の単位(相対する普遍に虚距離)に同時に到達(完結)する。光の単位(質量という概念の総量を生み出そうとする相互作用単位量=原理世界の一ページ=同時)の内界にある限り、あらゆる速さを有して、あらゆる方向に移動するものも、そして静止するものも互いに認識できる。
そして単独で速さを有し、他者との相対的な速さの比較ができない場合にあっても、光の単位(相互作用単位量)の内界で、得た結果量(見かけ上の質量=今)と、表裏一体にある、減少する未結果量(虚距離の総体=虚空間=今)の、間(歪=虚空間の内界に質量という概念を認識する=今)という位置を有している。
光に速さは無く、虚距離の総体として、同時(単位)にあり、光の単位の完結の連続の積み重ねに、光の単位(質量という概念)の外界(生物という概念)にある意識が、速さを有していると思えるもの。そして物質は宇宙空間(虚空間)を、速さを有して移動するのではなく光りの単位の内界に、得た結果量(見かけ上の質量)と、表裏一体にある、減少する未結果量(虚空間)で一対(同時)の、間(歪=今)に、自己の在る位置の確定の連続の積み重ねをしている。
光の速度は不変であり、あらゆる速さを有する物体から発せられた光の速さは変わらないとされている。しかし光の単位(演算量=虚距離の総体=虚速さの総体という同時)は、物理的な力に得た見かけ上の質量(得た時間と空間=連続する質量の総体=同時)に、相反し、減少(減少した相互作用量=虚時間・虚速さ)し、しかし光の単位量(相対する普遍の虚距離に同時に在る)に変わりはない。
そして速さを有する物体から進行方向に発せられた光は、光の単位(虚距離の総体=同時)の内界から、物理的な力に得た距離(連続する質量の総体=同時=見かけ上の質量)を減算した量に在り、相反して、速さを有する物体から進行方向の反対側に発せられた光は、光の単位(虚距離の総体=同時)の外界に物理的な力に得た距離(連続する質量の総体=同時)を加算した量に在る。

静止する宇宙ステーションから観測して、光の速さの半分で等速運動するロケットの進行方向に発せられた光は、静止する宇宙ステーションと同時にある虚空間量と比較すると、小さな虚空間(減少した相互作用量=虚時間と、同時にある、減少した演算量=虚速さ)にあり、小さな虚速さ(遅い)と、小さな虚時間(ゆっくり進む=少ない相互作用量)として光の単位(普遍の虚距離)に到達する。そして進行方向の反対側に発せられた光は、静止する宇宙ステーションと同時にある虚空間と比較すると、大きな虚空間(増大した相互作用量=虚時間と、同時にある、増大した演算量=虚速さ)にあり、大きな虚速さ(速い)と、大きな虚時間(早く進む=多い相互作用)として光の単位(普遍の虚距離)に到達する。
また光の速さの半分で等速運動するロケットから観測して、静止する宇宙ステーションから宇宙ロケットの進行方向に発せられた光は、宇宙ロケットと同時にある虚空間と比較すると、大きな虚空間(増大した相互作用量=虚時間と、同時にある、増大した演算量=虚速さ)に、大きな虚速さ(速い)と、大きな虚時間(早く進む=多い相互作用)として光の単位(普遍の虚距離)に到達する。そして進行方向の反対側に発せられた光は宇宙ロケットのある虚空間と比較すると、小さな虚空間(減少した相互作用量=虚時間と、同時にある、減少した演算量=虚速さ)にあり、小さな虚速さ(遅い)と、小さな虚時間(ゆっくり進む=少ない相互作用量)として光の単位(普遍の虚距離)に到達する。光は相対する普遍の虚距離で一対という単位にあり、すべての光は普遍の虚距離に同時に到達する(光速度不変)

あらゆる連続は、あらゆる単位の内界に同時に在るあらゆる同時は、更なる単位の内界に連続するに在る
同時が無ければ、見かけ上の質量という概念=今、と表裏一体にある、未来量と虚空間量に確定しない、相反して、連続が無ければ、見かけ上の質量という概念=今、と表裏一体にある、未来量と虚空間量に生まれ出ない
あらゆる光りの単位に完結の内界物質宇宙の前提世界に、確定変化しないもの=今があり、あらゆる光の単位の完結の連続の積み重ね物質宇宙に生まれ出る時空間に、等速・加速・減速という変化がある。
光の単位
(得た相互作用単位量に稼働しようとする演算量=原理世界の最少角度に連続する、相対する普遍の虚距離の総体=同時=原理世界)の内界に、得た結果量(得た時間と空間=見かけ上の質量に収束=得た距離)と、表裏一体にある、減少する演算量(減少した虚距離=虚速さ=虚空間)が一対(見かけ上の質量という概念=今を、表裏一体にある、演算量という虚空間の内界に認識する=今)に在る。
あらゆる見かけ上の質量と、表裏一体にある、あらゆる虚空間量は光の単位の内界に確定
(完結=静止する)にあり、加速も減速もしない。そしてあらゆる光の単位の完結(同時)の、連続の積み重ねという、光の単位の外界(原子→分子→物体という概念に生まれ出る時空間)に、静止・等速・加速・減速という運動がある。

 

あらゆる今という単位量は、あらゆる外界という単位量に連続するあらゆる概念=進化は、更なる概念=進化の前提に在る
光の単位質量という概念の始まりから終わりまで=時空間の根源を、前提ひとつのものとし、光の単位の外界に、原子→分子→物体の稼働する時空間が生れ出る。
原子→分子→物体は、内界に有する素粒子(光りの単位=相互作用単位量=質量という概念の始まりから終わりまで=虚時空間)を前提に構成されている。そして原子→分子→物体(自己の置かれた位置=概念=進化)に生れ出て、しかし光の単位質量という概念の始まりから終わりまで=虚時空間の総体=同時)の内界にある、歪(今)という、ひとつずつの結果単位量には入り込めない(光の単位の完結以前に、原子→分子→物体に時空間は無い=結果量に確定していない)
そして物質
(質量という概念量)と、表裏一体にある、空間(虚空間量)に確定(光の単位の完結=生物の感じる一番短い虚時間量と虚空間量=同時=確定)された連続の積み重ねに、原子→分子→物体は虚空間(光の単位の相互作用を有する総体が同時に完結する連続の積み重ねの世界=静止する宇宙空間の連続=き虚時空間)の内界を自由に行動する(光の単位の外界にある速さの世界)
光りの単位
(原理世界)の完結を一ページに記録(同時=静止する=認識=今=無)する連続の積み重ねに物質宇宙(速さの世界)が在る。物質宇宙(相互作用を有する光の単位の総体)の内界に、光の単位の完結(認識=今)がなかったとしたら、すべての宇宙を包括する根源的な原理世界(原因と、相対する、結果)は、ひとつのものに在り、内界に距離と速さと時間という概念(連続する単位結果量)は生まれ出ない(ひとつ=同時にあり静止する)
また光の単位に完結せず無限に相互作用単位量
(分裂単位量)に連続すれば、あらゆる結果量は生まれ出ず(完結せず)、そして距離と速さと時間という概念(連続する結果単位量=原子→分子→物体という概念に連続する)も生まれ出ない(ひとつのもの=同時になれない)
※原因(分裂単位量に得た相互作用単位量=単位の内界にある、すべての可能性と同時に在る)を有し、今は、無量(静止する=分裂する以前=内界に相互作用単位量は生まれ出ず、結果の総量に到達しようとする連続する意識は無い=生まれ出なかった意識からすれば、あらゆる概念を生み出そうとする根源的な原因は無いものと同じ)に在り。そして静止するものを計る者(自己=意識)もない。
相反して、根源的な結果(到達した概念を認識すると同時に在る)を有し、今は、無(静止する=すべての相互作用量を有した後=内界に到達すべき相互作用量は消失し、未来に連続する意識は無い=消失した意識からすれば、すべての結果を有するという根源的な結果は無いものと同じ)に在り、そして静止するものを計る者(自己=意識)もない。
相反する、無(連続する意識を有さない=自己の在る位置を認識しない=死)の内界に、連続する結果量(質量という概念=連続するもの、という意識)として生まれ出て、増幅する過去の連続の積み重ねと、相反する、減少する未来と虚空間の連続の積み重ねという時空間の内界(歪=今)にあり、すべての在るもの(結果単位量=距離・速さ・体積・時間・質量の世界と、表裏一体にある、未結果量=虚距離・虚速さ・虚空間・虚時間の世界)の相反する相対的な違いに、今に在る位置を計る(質量=数量の世界に稼働する)ことができる。
※映画のフィルムのひとコマは撮影された部分(結果の総体=同時=今)
と、その間の撮影されていない部分(結果の総体を、ひとつに認識する=無)でつながっている。仮にフィルムが撮影された部分だけのもであり撮影されていない部分がないとすればフィルム全体で、ひとつの距離となり映像は流れて見え、今の映画のような映像の連続とはならない。
または数枚の紙に何かの絵を少しずつずらして書きぱらぱらめくると、その絵が動いて見える。絵(結果の総体=同時=今)と、今のページと次のページの間(結果の総体を、ひとつに認識する=無)があって絵が動いて見える。ページと次のページの間がなければ、すべてが一枚となり、透明なフィルムに描かれているとれば、すべての絵が重複して見え、透明でない紙に書かれていれば、いま見ているページの絵しか見ることはできない
(静止画)。原理世界は単位量に在るもの、そして単位量の内界には連続する単位量がある。ずいぶんと簡単な言い方だが原理はひとつ。


[光の単位の内界と、表裏一体にある、光の単位の外界:光の単位を根源に有し物質宇宙に生れ出たあらゆる存在するものが、表裏一体に、あらゆる光の単位の外界に認識する、あらゆる事象

137億年前に発せられた光を137億年後に地球で見る光は膨張空間を速さで進まない=光の単位という虚距離の完結に連続する
あらゆる分裂単位量に増幅膨張宇宙と、あらゆる分裂のひとつに収束する連続という光の単位内界に増幅する相互作用単位量に在ろうとも、ひとつのもの光の単位という概念に変わりはない。
あらゆる分裂単位量は、内界光の単位量と、表裏一体に、外界光の単位の相互作用を有する総体=宇宙という同じ数に増幅するに連続する。
あらゆる次元更なる分裂単位量に連続するに在る虚空間の内界に、光りの単位普遍の概念の完結の連続の積み重ねに、光りの速さで進むと思えるもの。
宇宙の発生
(仮に137億年前)と同時に発せられた光は137億年という時間を積み重ねて、あらゆる場所に到達する。そして膨張宇宙とすれば137億光年前にあった虚距離(分裂単位量に得た虚空間量)は137億年後には増大している(更なる分裂単位量に得た虚空間量)。そして地球から137億光年離れたところから137億年前に発せられた光が137億年後に地球に届くためには、すべての光の単位の内界にある波長も伸びているはず。
原因
(無量=過去という概念に完結=ひとつのもの)の内界に、始まりの10という分裂単位量(光の単位量=波長と、表裏一体にある、虚空間量)は、質量という概念の前提に到達しようとするに在る(1次元)→質量という概念の前提(ひとつのもの)の10という分裂単位量(光の単位量=増幅に連続する波長と、表裏一体にある、増幅に連続する虚空間量)は、静止する質量という概念に到達しようとするに在る(2次元)→静止する質量という概念(ひとつのもの)の10という分裂単位量(光の単位量=増幅に連続する波長と、表裏一体にある、増幅に連続する虚空間量)は、光の速さに到達した始まりの素粒子の総体に完結しようとするに在る(3次元の完結)
同じ原理の延長線上に、光の速さに到達した素粒子の総体(ひとつのもの)の10という分裂単位量
(原子の前提の総体=4次元)原子の前提の総体(ひとつのもの)の10という分裂単位量(原子に進化の総体=5次元)→原子に進化の総体(ひとつのもの)の10という分裂単位量(元素の総量に到達する=6次元)
元素の総体(ひとつのもの)の10という分裂単位量(分子の前提=7次元)→分子の前提(ひとつのもの)の10という分裂単位量(分子に進化の総体=8次元)→分子に進化の総体(ひとつのもの)の10という分裂単位量(分子の種類と数に到達する=9次元)
。そして生物が生まれ出るまでの分裂単位量(仮に11次元~13次元)に連続する(光の単位量=増幅に連続する波長と、表裏一体にある、増幅に連続する虚空間量)
始まりの分裂単位量
(小さな相互作用量=小さな虚空間=大きな質量の前提の総体)は更なる分裂単位量に連続し、今に在る分裂単位量(大きな相互作用量=大きな虚空間=小さな質量の前提の総体)に到達するまでに光の波長(相互作用単位量)は伸びたことと同じに在る(ビッグバン宇宙は膨張しない=内界に分裂の連続にあり、相反して、収束のひとつずつにとっては外界に膨張空間が連続する)
宇宙の始まりと同時に発せられた光は、増幅する虚空間量と同時に増幅する相互作用単位量
(伸び続ける波長)に連続する。しかし宇宙の始まりに生まれ出た光りの単位量も宇宙の終わりに在るだろう光の単位量も、同じもの(光りの単位=普遍の概念)にあり、あらゆる次元に在る虚空間量の内界を、あらゆる次元にある光の単位(相互作用単位量)に完結の連続を積み重ね、137億年を経て、137億光年という虚距離に到達する。そしてあらゆる次元(光の単位)に完結し、表裏一体に、あらゆる虚空間量(次元)に到達している。

※素粒子(1次元~3次元)→原子(4次元~6次元)→分子(7次元~9次元)→そして生物(11次元~13次元)にあり、すべての次元が同時に稼動しているとすれば、素粒子と原子と分子と生物に共通する時間(相互作用単位量)があり、それは一番小さな概念(1次元~3次元=質量という概念の始まりから終わりまで=光りの単位=素粒子の内界)が前提となる。しかし同じ時間(相互作用単位量)という概念ではあるが、それぞれの次元により相互作用単位量の大きさが違う(相対的=あらゆる存在するものにとり時間は一定であるが、あらゆる存在させるものの時間は一定ではない)。そしてその延長線上に生まれ出た生物(過去という概念の総体を内界に有し、更なる相互作用結果単位量に在る)の感じる虚時間と虚空間(得た時間と空間は質量という概念の内界に在る)
※仮に宇宙の年齢が137億年としたら、人間が感じる137億年が在ったのか。人間が生まれ出る前には、分子宇宙→原子宇宙→素粒子宇宙があり、それは小さな分裂単位量(光の単位の内界に得た相互作用単位量)にあり、生物宇宙にある光の単位(増幅する分裂単位量に得た相互作用単位量)という時間からすれば総体的に短い時間で光の単位に完結する。そして素粒子→原子→分子宇宙の順に時間は急速から減速に経過し、表裏一体に、生物宇宙の後にある概念世界にある時間は更なる減速に連続する。
あらゆる単位量の内界に均等に連続する結果がある、表裏一体に、あらゆる単位量の外界に加速・減速という現象がある。人間は結果単位量の存在であり、今という時間の流れも、宇宙の年齢も寿命も今という宇宙の内界にあり感じることであり、人間に時間の速さと経過はわからない。
※宇宙は光りの単位(質量という概念の、始まりから終わりまで=重力・距離・速さ・時空間の根源)の相互作用を有そうとする総体(同時)であり、あらゆる未来(演算子=相互作用単位量=虚時間)は、表裏一体にある、存在(演算量=虚速さ=虚空間)の内界(見かけ上の質量=虚距離の内界に距離を得る=虚空間を伝わる)に生まれ出る(エーテル)

 

同時の内界に在る多世界相互作用単位量=多世界=すべての可能性の、ひとつに生まれ出ようとする=あらゆる単位量の内界に在る相互作用の総量に到達しようとする=重力=時空間
単位の内界多世界は、ひとつの結果に収束しようとする、相反して、収束ひとつのものは、更なる多世界分裂単位量=相互作用単位量に生まれ出ようとする連続の積み重ね。
1~3次元光りの単位の内界に在るすべての可能性=多世界=質量という概念の総量は、ひとつの素粒子に収束する4~6次元=4次元にて分裂増幅した素粒子の総体という多世界は元素の種類と数に収束する7~9次元=7次元にて分裂増幅した元素の総体という多世界は分子の種類と数に収束する11~13次元=素粒子・原子・分子が同時に在るという多世界は物体と生物の種類と数に収束する。そして同じ原理上に更なる3次元に完結する連続の積み重ね。
未来は何もないところに生まれ出るのではなく、すでに在るであろう未結果量
多世界のひとつに到達すること量子
未来に結果は生まれ出ていない、そして今(結果=存在した)からすれば何も無い場所(到達しない意識に、何も認識できない)となる。しかし目的量(原因)に生まれ出た結果(今)が在ることを認識するとは、更なる未来と虚空間(相互作用単位量=連続するという意識)の内界に在ること(あらゆる自己の内界=過去は、今に静止し意識を消失する、表裏一体に、あらゆる自己の外界=未来と虚空間に更なる相互作用単位量という意識に稼働する)
静止する質量という概念は、原理世界(光の単位)の内界にある、最少の角度に連続する相対する普遍の虚距離という球体(単位の内界に在る、すべての可能性=多世界=量子)の中心に位置する(時空間の稼働する前)。そして光りの単位(虚距離の総体=同時)の内界に、見かけ上の質量という一点に生まれ出ようとする(得た距離と、表裏一体にある、減少した虚距離に確定=光りの単位の完結)
私が一歩前に歩き出そうとした時、それは光の単位(相互作用単位量)が生み出そうとする、重力(連続する相互作用結果量=時空間)に得た、最初の結果単位量(今=静止する質量という概念が、見かけ上の質量という概念に連続しようとする)から始まる。そして私がどの方向に進むかは、進むまでわからない、しかしあらゆる角度に生まれ出ようとする単位量(量子=単位の内界にある、すべての可能性=多世界)は、すでに同時に在る。
思う(未来=到達すべき概念の総量に、相反して、到達していない相互作用量=すべての可能性と同時に在る=今)時。原理世界(光の単位に完結)の、一ページの内界には、生物の感じる一番短い時間という、同時(思いの根源=相互作用単位量)がある。
生物の感じる一番短かい未来より、もっと短い未来が原理世界(光の単位=同時)の内界に生まれ出た、ひとつずつという連続する結果単位量(重力・時空間の根源)。そして原理世界(光の単位=同時の内界)の完結以前に生物の感じる未来はない(変化する見かけ上の質量に未確定と、表裏一体にある、変化する未来と虚空間に未確定=光りの単位の外界に出られない)。それは相反して、光りの単位の内界にあらゆる可能性に生まれ出るであろう未結果量(多世界)が同時の内界に在る(相互作用量を有している)ことと同じ(宇宙も更なる光の単位という同じ概念にあり、宇宙の内界に在る、あらゆるものは宇宙から出ることはできず、しかしあらゆる可能性の内界に在る)
※パラレルワールドという考え方は、今ある結果から分岐した別の宇宙が並行して有るらしい。あらゆる存在(物体・生物)するものが選んだ結果に枝分かれし、無限に違う宇宙が同時(並行)に増幅すことになる。素粒子(光の単位=設定世界=相互作用単位量)の内界にある、多世界(相互作用単位量=生まれ出るであろう、すべての可能性)は、ひとつという見かけ上の質量の総量に収束(相反して消失する虚空間量)することが前提。
設定された相互作用単位量
(同時)の内界には、生まれ出るであろう結果量(宿命=ひとつのもの)は、もう確定(前提)されている(あらゆる単位に完結しようとする内界は、何も増えず、何も減らない=無限に分裂しない)

しかしあらゆる単位
(素粒子宇宙→原子宇宙→分子宇宙→物体宇宙→生物宇宙→更なる宇宙)は外界に無限に分裂(分裂単位量に得た更なる相互作用量=宇宙を稼働する根源的な動力=更なる相互作用量に得た更なる概念に進化)する連続の積み重ねにも在る(あらゆる宇宙はパラレルワールドに分裂しないという、ひとつのものに在り、相反して、あらゆる宇宙はパラレルワールドに分裂しなければ、あらゆるひとつのものという宇宙は稼働=相互作用しない)
※分裂(分岐)に連続する多世界(単位の内界にある、すべての可能性)の内界で、あらゆる運命(相互作用単位量)に稼働する。しかし到達した運命の総量とは、ひとつの宿命(原因に生まれ出た結果は、ひとつに連続している)に収束しようとするもの。そしてあらゆる運命に生まれ出たあらゆる結果単位量(自己=素粒子=素粒子の総体→原子=原子の総体→分子=分子の総体→物体=物体の総体→生物=生物の総体)は、ひとつのものにある(ひとつの細胞が約60兆の細胞に分裂=多世界し、しかしその総体という、ひとつのものという生物に在る=到達した今という結果)

                                                           

                                                                                                     進化

あらゆる進化は進むのではなく、すでに在るであろう答えに還ろうとするもの

素粒子の総体→元素の総体→分子の総体→生物の総体という、それぞれの到達した今(概念=自己)は、到達すべき自己(概念)の総量(相互作用単位量=目的量)に得た虚空間(演算世界)の内界で稼働し、自己という概念(原因)の外界に出ることができない。しかしあらゆる概念(ひとつのもの)は、更なる概念(相互作用単位量=目的量)の前提として在る(更なる概念の内界で稼働する)
あらゆる生物
(単位量=自己)は自己(概念)の内界で、あらゆる答え(今の連続の積み重ね=生)を積み重ね、あらゆる死(生物としての死ではなく、あらゆる今に在る自己の総量に静止する=今=死=存在)に到達し、更なる概念の内界に生れ出た子孫は過去に完結した答えを前提(自己そのもの)として更なる答えを積み重ねる連続(進化の根源)
原因
(目的量=相互作用単位量=単位の内界に生まれ出るであろうすべての可能性=多世界の始まり)は、表裏一体に、結果(宿命=すでに在るであろう、到達すべき、すべての可能性のひとつ=多世界の終わり)と同時(一対=ひとつのもの)に在る。そして原理世界の内界に生まれ出るあらゆる重力=距離=速さ=時空間は、すでに在るであろう、あらゆる到達すべき進化単位量
(目的量)に連続(還る)している。

進化するために、速さの世界が生まれ出る(光の単位=素粒子=自己の内界に見かけ上の質量という距離を得る、表裏一体に、距離の総体=同時=速さに得た更なる相互作用単位量は、自己=素粒子=光の単位の外界に、更なる概念という進化に連続する
速さ(質量という概念の始まりから終わりまで=相互作用単位量=光りの単位の内界に、あらゆる見かけ上の質量という素粒子と、表裏一体にある、あらゆる虚空間量に完結、そして更なる光の単位の完結の連続の積み重ね)は、更なる概念(進化)に到達するためにあり、表裏一体に、更なる概念(素粒子を根源に有する原子という概念に在る相互作用単位量)の内界に物理的な力に得た速さの世界がある。そして宇宙の活動(速さの世界)は、進化(相互作用単位量=重力=時空間=自己の総量)に到達しようとして稼働している。
あらゆる3次元
(虚空間単位量の内界に連続する、得た空間量の総体)に完結(相互作用を有した質量という概念の総体=同時=消失した意識に自己の在ることをも認識できない=存在した=今)する。そしてあらゆる到達すべき3次元(単位)の内界には、あらゆる2次元面(静止する始まりの概念=得た空間=自己)が更なる分裂単位量に得た、更なる相互作用結果単位量(重力=物理的な力に得た見かけ上の質量)という距離(同時の連続の積み重ね)という速さの世界(物体・生物の活動がある。
進化論からいえば個々の生物の自然界への適応力により存続と絶滅という自然淘汰となる。しかし適応力(自己の内界と、表裏一体にある、自己の外界との中間=均等を得る)の内界には、存続するための機能という形を得るための、目的量(物理的な力に得た速さ=生まれ出るであろう行動)が先に在るもの。

進化するために、速さを失う相互作用単位量=重力・時空間の内界に物理的な力に速さを得て、相対するもので一対=ひとつのものに到達し、速さを失い、更なる重力に得た進化単位量に連続する
物質宇宙にある、すべての存るものの根源という、素粒子に完結(相互作用の総量=光の単位に到達する=光りの単位の完結の連続の積み重ねに光りの速さで移動すると思える)は、相対する素粒子と出会い、光りの速さを失い、得た相互作用単位量という速さに還れず重力に結合(陽子に進化)する。い相反して、内界に得た相互作用結果単位量(光の速さ)に還ろうとして稼働する。
陽子
(相対する素粒子で一対=ひとつのもの=更なる概念に進化)に在り、陽子どうしの相互作単位用(速さに生まれ出て更なる結合)を得て、速さを減少し元素の総量(進化)に到達しようとする。更に原子どうしの相互作用(速さに生まれ出て更なる結合)を得て、速さを減少し分子の種類と数(進化)に到達する。そして更なる結合に、更なる減少する速さの世界に連続し、物体→生物という進化単位量に到達した、今という速さの世界が在る。
あらゆる結合
(更なる概念=原子→分子→物体→生物に連続する)
に生まれ出ようと、あらゆる自己を構成する根源という、素粒子(質量という概念の始まりから終わりまで=重力=距離=速さ=時空間の根源)は、光の速さに帰ろうとするエネルギーを内界に有し、あらゆる進化(更なる概念)に到達しようとして稼働している。
※すべての在るものは、相対して一対(同時=ひとつのもの)に在り、到達すべき答え(すでに在るもの)に生まれ出るために重力・時空間(相互作用単位量)に稼働する。そして到達すべき光の単位(速さ)に還ろうとして、互いに引き合う引力となる。人間(生物)も地球(物体)も、素粒子(光の単位)を前提に構成される、あらゆる在るものは、相互作用単位量(光の速さ)を内界に有し、光りの速さに還ろうとし、しかし到達すべき速さを得られず重力を感じる。

進化しようとする1(今に在る均等=相互作用結果単位量は、表裏一体に、更なる相互作用単位量=均等に在る今に到達しようとする
始まりの素粒子の総体(ひとつの種類=演算世界の始まり=均等)にあり、素粒子の種類に増幅と数に収束(進化=演算世界の終わり=均等)する→始まりの原子の総体(ひとつの種類=演算世界の始まり=均等)にあり、原子の種類に増幅と数に収束(進化=演算世界の終わり=均等)する→始まりの分子の総体(ひとつの種類演算世界の始まり=均等)にあり、分子の種類に増幅と数に収束(進化=演算世界の終わり=均等)する→始まりの物体の総体(ひとつの種類=演算世界の始まり=均等)にあり、物体の種類に増幅と数に収束(進化=演算世界の終わり=均等)する→始まりの生物の総体(ひとつの種類=演算世界の始まり=均等)という均等にあり、生物の種類に増幅と数に収束(進化=演算世界の終わり=均等)に在る。その連続の積み重ねに到達すべき宇宙という、ひとつの概念に完結(収束の総量と、相反する、増幅の総量で一対=均等=ひとつのもの)しようとする。
今に在る生物も、細菌類(均等にある概念)という始まりから、連続する概念に哺乳類という数に収束にあり、相反して、細菌類(ひとつの種類)という始まりから、連続する概念に哺乳類までの種類に増幅にある。そして宇宙という概念(すべてが相対的な違いに一対に在る=相互作用単位量)の内界に、あらゆる進化(結果単位量)の総量(均等=中間)に生まれ出ようとする宿命にあるもの。

※原因
(無量=無限に連続する分裂単位量=更なる相互作用単位量=無限に増大する目的量)の内界に得た更なる可能性に連続する。あらゆる今(次元)とは、あらゆる分裂単位量の内界にあり、あらゆる終わり(あらゆる結果の総量=原因に還る)に到達しようとして、しかし更なる分裂単位量に連続し終わらない。終わらない世界に在り、常に原因に還ろうとして、しかし到達しない原因に無限の進化(さらなる次元に生まれ出る結果単位量)に連続している。

進化しようとする今に在る概念は更なる概念の内界で稼働する=存在理由
今に在る結果単位量の総体(概念の認識=世界観=物体・生物=自己=内界)は、変化しようとしない外界(概念の認識=世界観=環境)と同時にあり進化(変化)しない。それは宇宙の活動が、すべての相対する結果単位量の相対的な違いに、更なる目的量(未来=相互作用単位量と、表裏一体に、虚空間=演算量)を得るに在るから。
すべての自己(単位=ひとつのもの)は自己のみでは稼働(進化)できず、外界に在る他己を意識(相互作用)し、常に変化する目的量(到達すべきひとつのもの=変化する概念=自己)に稼働する(進化=適応)

※深海に生きている生物、または隔離された地域・湖などに生息する生物は長い間にも進化せず太古の姿を有しているらしい。それは生物として存続するための目的量(光りの速さに帰ろうとする=相互作用単位量=物理的な力に得た速さ)の世界に生まれ出て、しかし進化に到達するための目的量(相互作単位用=更なる概念に到達しようとする速さ)を失っている。それは自己が変化(進化)しようとしても相互作用を有そうとする外界が変化していないから(進化しようと思わない=存在しない目的量)
※すべての生物(内界)が、変化する外界(環境)と相互作用を有し更なる進化に環境に適応し続けるならば絶滅する生物(種)は居ないことになる。しかし自己が進化(今は得ていないもの=得ようとする答えは同時に在る)に到達する速さと変化する環境に、速さの違いがあれば存続に適応できず絶滅する。
原理世界には、あらゆる存るもの
(物体・生物)が進化(ひとつのもの=自己)に到達しようとするという事象がある。そして進化という事象の総体が生み出す総体に自然淘汰という現象がある。