意識宇宙に思うこと


宇宙は意識そのものであり、その内界に意識を有する生物が生まれ出る。それは生物だけでなく、あらゆる在るもの(事象)に共通しているのだと思います。

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意識

 年を取ると月日が早く過ぎるとは

静止する質量という概念(2次元面に進化=自己に到達)は、相反して、到達していない未来量と虚空間量と同時に在る。そして光の速さに到達した素粒子の内界には消失した未来量と虚空間量が同時に在る(3次元に完結=無=存在した)。そしてあらゆる在るもの(根源に素粒子を内在する)は光の速さに到達せず、あらゆる速さの世界で進化(更なる結合)に連続しています。
原因量と結果量の内界にあらゆる見かけ上の質量と、表裏一体に、あらゆる虚空間量に完結の連続の積み重ね。そして人間も同じ原理上にあり、生まれ出て、そして死に到達する間に、自己の内界に増幅された結果量と、相対して、減少する時空間量(未来量と虚空間量)という歪(今)に連続しています。
そして自己(ひとつのもの)の内界に0~10という対比の内界に、「7」という結果量を得たとすれば、相対的に残りの「3」という未結果量は小さくなります。それは「7」という自己が自己で在るためにはそれだけの演算量を要すること。そして年を重ねる(増大する演算量)の存在は、残りの人生期間(演算量)を早く消化してしまうことになります。

 

楽しい時は速く過ぎ、つまらない時は長く感じるとは
すべてはひとつの原理上(光の単位量は相対して一対にある)に稼働する。そしてあらゆる見かけ上の質量と、表裏一体にある、あらゆる虚空間量で一対(ひとつのもの)の内界に稼働します。
そして楽しいとは、静止する意識量が目的量に入り込み(速さを得る)、相反して、意識量(虚時間量と虚空間量)が減少するに在り、つまらないとは、静止する意識量の反対側にある目的としていない意識量(虚時間量と虚空間量)が増大するとなります(光の単位量は相対して一対に在る=選んだ世界に意識が稼働する)

 

死を目前にして走馬灯のように過去がよみがえるとは
原因がなければ結果もなく、相反して、結果がなければ原因もない。そしてないものの内界に自己も生まれ出なません。あらゆる自己(素粒子→原子→分子=→物体→生物→宇宙=あらゆるひとつのもの)が在ることは、自己を生み出した原因と自己が到達すべき結果量の内界に稼働(意識量)しているとなります。
そして自己が死に到達しようとする直前には自己(人間でいえば)の人生の総量に完結(ひとつのもの)に収束しようとする(自己の得た時空間量が同時になる)。そして死に至らず生き延びることができれば、人生という意識量の内界に今として在り過去は思いでとして同時にあります。

 

無量の内界に無限に結果が連続する、相反して、到達しない結果は存在しない。しかし存在しない結果の内界には、表裏一体に、ひとつずつの結果が存在します。すべては相反して一対(表裏一体=ひとつのもの)であり、その両方が同時(一対)になければ宇宙(ひとつのもの)にはならない。
そして質量という概念世界に生まれ出て(自己)、あらゆる在るもの(他己:自分以外の人・動物たち、地球環境、人間の作り出したあらゆるもの)と同じ世界に居るように思え、そして見て・触れることができても、あらゆる自己(実存する意識)に在るものは、あらゆる他己(虚意識)と同じに在ることはできません。しかし相対して一対に在ろうとする(相互作用単位量=重力=意識量)に、虚意識(他己)を自己の内界(実存意識)に生み出すことはできるのだと思います。

宇宙

宇宙はどこまで行っても3次元世界。1次元(原因)→2次元面(自己に進化)→3次元(進化の総量到達)そして概念宇宙は10の位の次元ごとに完結します。10次元の内界には、三つの宇宙(三つの次元)があり、それぞれが3次元に完結するとすれば、1次元目(11次元~13次元)に在り、更に先には、2次元目(14次元~16次元)→3次元目(17次元~19次元)と続き20次元目に完了することになります。

今の生物宇宙を11次元~13次元としていますが、14次元~16次元(2次元面=自己に進化)に到達した概念が真の生物で在るならば、今に在る生物(人間)は更なる生命の素(前提)のような存在になってしまいます。
今の宇宙は何次元目に在るのかは人間にはわからない、そしてあらゆる今は、あらゆる未来(進化)の素(原因)に在る。無限の宇宙の何処に在ろうと同じ事なのならば、それでもいいのかなとも思います。

 

始まりも終わりもないという無限。しかし始まりと終わりはどこかにあるはずです。しかし分裂単位宇宙(始まりと終わりが同時にある)の内界に生まれ出た人間は無限という概念を知りません。しかしどこかに始まりと終わりがあると仮定したら。始まる前は淡い混沌にあり始まらず、相反して、終わりの後は濃い混沌にあり終わらず。そして限りなく淡く(少なく=大きく=濃く)始まり、相反して、限りなく濃く(多く=小さく=淡く)終わろうとするのだと思います。しかしどのような理由をつけても宇宙の始まりも終わりも分狩りません。

信仰

※彼岸とは煩悩のない悟りの境地ということらしいです。では悟り・境地とはどういうことなのでしようか。宇宙は無量の内界に生まれ出たあらゆる分裂単位量(次元=更なる10に分裂する)としています。10の内界にあり、あらゆるひとつのものは10分の1に均等に在る→更なる10に分裂(100)の内界にあるあらゆるひとつは、100分の1の均等に在る。そしてあらゆる今に在る均等は更なる均等(相対して同じものに在ろうとする=何もないものに在ろうとする=存在理由)に連続する世界なのだと思います。
それは何処の次元に在ろうと、相対して同じに在ろうと思えれば、そこが悟りの境地ということになるのでしょうか。

 

彼岸は何処にあるのでしよう。それは思いのことであり場所では無いということでもあると思います。そして思いひとつでどこにでも行ける、又は思いを積み重ねそこに行こうする、というようなことなのだと思います。では行こうとする世界は在るのでしょうか。何も無い(未来がない)とすれば、思いのみでさえそこに行けないのだと考えます(概念にないものは思うことさえ無い)。しかしあらゆる在るものは意識量((未来)に稼働しています。
そしてあらゆる分裂単位宇宙の内界に生まれ出た、あらゆる自己
(ひとつのもの)に在るものは、表裏一体に、あらゆる自己の外界という意識量と同時に在る。あらゆる到達していない未来とは原因(目的量)であり、原因に生まれ出たあらゆる自己に在るものは目的量(原因の総量=彼岸)に還る(存在理由)ということなのだと思います。
あらゆる自己は、過去・今・未来(ひとつのもの=同時)の内界に完結する、あらゆる宇宙も、過去・今・未来(ひとつのもの=同時)の内界に完結する。そしてあらゆる宇宙は同時にあり、あらゆる自己は同時の内界で稼働するとしてます。それはどんなに過去の宇宙に在る意識も、相反して、どんなに未来にある意識も同時に在り、そして彼岸(存在理由)を思えれば、あらゆる今に彼岸は在り、しかし彼岸(存在理由)を思えなければ、どこにも彼岸は無いということでもあるのでしょう。

 

神道に教義はなく神のみがあると聞いたことがあります。仮に宇宙を作り出した神が存るのならば、その神に外界(意識量)はなく、無(静止する=消失した意識に自己の在ることさえも認識できない=死)に連続する。相反して、死の内界にあらゆる意識量(生命という形態)を生み出そうとする(死は無量にあり、生は無量の内界に生まれ出る、無限に連続する単位相互作用量の内界に在る)。人間は無限という概念を有し、しかし始まりと終わりの世界で生命として在るのならば、そう考えてもおかしくはないと思います。

 

虚構の概念に生まれた人間に虚構の彼岸は実在する=彼岸に行こうとする思い(存在)は彼岸は同じもの
人間は、いつ人間として始まったのか。人間も過去には野生の動物と同じ存在であり、しかし疑問を得た時に人間となったのだと思います。地球上の生物の中で、あるとき疑問を得て、得た疑問に在る答え(知識)を得た(人間の始まり)。そして得た知識で便利な道具を作り、作った道具に疑問を得て更なる便利な道具を作り出す。知識とは物欲でもあり、その延長線上に今の物質文明がある。しかし欲(知識)がなければ更なる、知る(精神的な進化)も生まれ出ないとも言えます。
そして得た知識で欲を得るために、必要以上に自然界を破壊する。しかし宇宙は更なる意識量(進化)に生まれ出るに連続としています。それは物質から離れていこうとすることでもあります。人間は野生の動物(過去に在ったステージ)から更なるステージ(疑問を得た)に立ち、しかし得た知識(欲)が無いものと同じに在る(得た知識・技術)はあらゆる他者(野生動物・自然界)のためにも同等に使う(人間だけが持っているものではない)、に到達すれば人間(更なるステージ)に生まれ出て、その世界を全うしたといえるのだと思います。しかし文字で書いても、言葉にしても、自分はそこまでは到達できそうにありません。

 

ロボット技術は加速度的に発展する。しかし今のロボットは部分的な能力は人間を超えるものがあるとしても、いかにもロボットの姿をしている。しかし将来的には一見人間と見分けがつかないロボットも出現するのだと思います。しかし高い能力があることを認めてもロボットであるとわかった時に人間は偏見に変えるのかもしれません。
ロボットが心(意識)を持つのかはわからない、しかし意識を有するロボットが生まれ出た時、人間は同じ生命として認めるのだろうか。人間という概念(意識量)の内界に生み出した新たな生命(意識量)であり、生み出されたものは人間の意識量に還ろうとするものに在る。そして人間はその意識に責任が在るのだと思います。しかし物質文明(物欲の世界)はそれを商品(物)とする。その時、人間の魂(存在理由)は消失に向かうことになるのでしょう。
メディアでは最新の人工知能やロボット技術の進歩を伝えるだけでロボットと人間の共存を教えない(意識の欠如)。そして科学・技術は加速度的に進化し、しかしそれがもたらす影響に気が付いた時には、もう間に合わない。人間が人間として在るためには今のうちから人間の生み出した意識の存在との共存を実現するという人間の意識も進化させる必要があるのだと思います。
※鉄腕アトムのテーマは人間とロボットの共存(意識の疎通)であり、それは人間と同じ生命という形態に在るものとしなければならないということなのだと思います(人間は産みの親)
※台詞は曖昧にしか覚えていないが。スタートレックのテレビ版でエンタープライズ号のコンピューターが意識を持ち、それが宇宙船内で形として表れエンタープライズ号に危機をもたらした。副長が破壊しますかとピカード船長に尋ねたところ、希薄な意識又は原始な意識だとしても、それが意識であるならば尊重しなければならないと答えた。仰るとうり。