意識

無限のように大きな相対的な違い(均等=中間=今)に在り、相反して、無限のように小さな相対的な違い(今=中間=均等に到達しようとする

 

宇宙は無と意識しかない

※あらゆる認識(存在した=無)と、表裏一体に、あらゆる意識量(相互作用量=重力)がある。

あらゆる次元は過去の次元を内界に有し、表裏一体に、未来の次元の内界に稼働する→あらゆる3次元世界は過去の3次元世界を内界に有し、表裏

一体に、未来の3次元世界の内界に稼働する→あらゆる10次元宇宙は過去の10次元宇宙を内界に有し、表裏一体に、未来の10次元宇宙の内界

に稼働する。

過去のすべて(認識=存在=無)内界に有し、表裏一体に、未来のすべて(認識できない=意識量=無)を外界に有し、あらゆる今(次元・世

界・宇宙=単位量)は、すべての過去と、すべての未来の間(未確定=存在しないに連続する)に稼働する。

※無(存在)の内界に分裂単位量(意識量=未確定)が生まれ出る。そしてあら意識量の内界に生まれ出た、あらゆる結果単位量(自己)は、自己の総量という意

識量の内界に、始まりと終わりがあるを思う。しかしあらゆる自己は、始まる前に静止(稼働しない意識量=無)し、相反して、終わりの後に静止(稼働しない意識

量=無)し、在ると無いを、思う者(自己)はない

 素粒子(質量という概念の総量=相互作用単位量=連続するもの=重力=単位時空間量)を内界に有し、外界という進化単位量に到達した、原子→分子も単位意識量(重力)に稼働し、生物(人間)が生まれ出る以前であろうとも宇宙を認識するものは在った。

 

多世界1:光の単位量の内界にある一番近い未来

※何もないところに未来は生まれ出る事はできない=到達すべき未来は多世界の内界にすでに在る。

※あらゆる外界に多世界があり、表裏一体に、あらゆる内界に多世界がある=あらゆるものが稼働する原理(内界と外界に稼働する)

あらゆる未来に結果は生まれ出ていない、そしてあらゆる今(結果)からすれば何も無い場所(到達しない意識に、何も認識できない)となる。しかし目的量(原因)の内界に生まれ出た結果量(今=自己)が在ることを認識できることは、表裏一体に、更なる未来量と虚空間量(相互作用単位量=連続するという意識量)の内界に在ること。

素粒子を根源に構成される生物(人間)思う(想像)時。それは光の単位量(原子以降の概念が入り込めない世界=質量という概念=時空間量の内界(単位量の内界にある可能性のひとつに到達しようとする)が稼働する。

静止する質量という概念は、光の単位量(分裂単位量)の内界にある、最少の角度に連続する相対する普遍の虚距離の総体(虚空間量=多世界)の中心に位置する(時空間量の稼働する前)。そして光りの単位量の内界に、あらゆる見かけ上の質量と、表裏一体に、あらゆる虚空間量に確定という一点に生まれ出ようとする(光りの単位量に完結)

私が一歩前に歩き出そうとした時、それは光の単位量が生み出そうとする最初の結果単位量(静止する質量という概念)から始まる。そして私がどの方向に進むかは、進むまでわからない、しかし多世界(単位量の内界に在るすべての可能性)の内界に生まれ出ようとする最初の結果単位量は、すでに同時(多世界=重複する自己)に在る。
あらゆるひとつのもの
(結果単位量)は稼働せず、あらゆる多世界(相互作用単位量)の内界に稼働する。それは光の単位量の内界(宇宙にある一番小さな未来の総体=同時)も、相反して、今という宇宙の外界に連続する大きな未来の総体(同時)も同じ原理上に稼働する

 

 

多世界2:意識量の内界に質量という概念が稼働する(重力)

※過去に完結した概念宇宙(0次元)は1次元の内界に認識される→素粒子(3次元)は4次元の内界に認識される→原子(6次元)は7次元の内界に認識される→分子(物質宇宙=10次元)は11次元の内界に認識される→生物(物体)宇宙(13次元)は14次元の内界に認識される=そしてそれぞれの概念(次元)は今という大きさに在る。

※過去に完結した概念宇宙は素粒子の内界に稼働する→素粒子は原子の内界に稼働する→原子は分子の内界に稼働する→物質宇宙は生物宇宙の内界に稼働する=そしてそれぞれの概念(次元)は今という速さに在る。

物質宇宙(10次元)に完結(ひとつのもの)は、11次元の内界に分裂増幅の総量に到達し、12次元に新たな概念(生物宇宙)に進化する。そして13次元(進化の総量)に完結しようとして14次元(自己の分裂の総量=多世界=相互作用量=エネルギー=意識量=重力)の内界に稼働する(分裂に増幅する数の可能性=進化の世界)。そして可能性の総量の内界にある、ひとつの結果に確定していないから、あらゆる変化に生まれ出

ることができる。

そして生物宇宙の前提(原因)は物質宇宙(10次元に完結)にあり、14次元(多世界=意識世界)の内界に稼働している途中であり、生物宇宙(11次元~13次元)の内界に在る質量という概念が生み出す、あらゆる事象は存在していない

過去に完結した概念(存在した)の内界に更なる概念(存在しない)が連続する。そして光の単位量の完結の連続の積み重ね(速さの世界)に結合を積み重ね、原子→分子→物体(生物)という更なる概念に進化(素粒子の分裂量に収縮=増幅する虚空間量)するごとに相対的に減速し、今の宇宙という速さの世界に在る。

同じように重力量は陽子の内界が最大(強い重力量)であり、原子→分子→物体(生物)という進化と同時に減少に連続する。そして今という宇宙に在る重力は多世界(連続する物質宇宙の分裂量=14次元)の相互作用単位量(弱い重力量)に在る。しかしそれはあらゆる過去の次元を稼働する最大のエネルギーでもある(生物の得た意識量)

※ホログラフィック原理という理論は、3次元に見える宇宙は面に描かれた(記録された)映像ということらしい。しかし記録されたものに、自己を認識する・外界を認識する・自由な思いを有する、という意識量は存在しない。

仮にホログラフィック原理を前提とするならば、静止する2次元面(中空の球体=質量という概念=自己に到達)が、3次元に完結(自己の総量=内界に連続する中空の球体)に連続するための、意識量(多世界=相互作用量=動力=重力)の内界に、過去という自己(質量という概念が生み出す事象=結果=記録)を認識する連続の積み重ねとなる。

※物質宇宙(10次元)に完結は12次元面で生物という概念に到達する。そして12次元面~13次元に完結しようとして更なる分裂量(相互作用量=意識量)に稼働する。しかし普遍の物質宇宙は増幅する意識量の総量に到達し、生物という概念に完結(ひとつのもの)となる。それは物質宇宙(ひとつの概念)から遠ざかった存在であり、宇宙は物質から遠ざかろうとして稼働している(限りなく物量を減少し、相反して、限りなく意識のみに在ろうとする)

 

意識は肉体(今に在ると思える次元=質量という概念)の内界には無く、更なる次元(多世界=膨張宇宙=意識量)に在る
※物体物=あらゆる今に完結=更なる意識量を有さなに在り、あらゆる自己人間もそのひとつ)は、自身という姿を見ることはできない、相反して、到達すべき自己(意識の総量)が、あらゆる過去にある自己(質量という概念)を意識量の内界に認識する。
※あらゆる今
(自己)は到達していない意識量に未来を思う(あらゆる今は未来に向かうのではなく、すでに在るであろう到達していない意識量に還ろうとするもの)

得た結果量(質量という概念の認識=今)の連続の積み重ねに、物質を見ることも触ることもできるものとする、しかしあらゆる物質(見かけ上の質量と、虚空間量に完結=今)は、更なる結果に連続する意識を有さず自己を感じない(在るとするものは無いもの)。相反して、更なる結果の連続を生み出そうとする、未来(虚時間量=到達すべき自己)と、虚空間量(演算量=虚距離量=自己の生まれ出る所)という、原因(相互作用単位量)に到達していない意識は、得ていない結果量を認識できず、外界に未来量と虚空間量を感じる(無いとするものは在るもの)
物質(今に完結し、静止する)に到達し、消失した意識量に自己の在ることをも意識できない。しかし物質を見て触ることができ、自己が存る事を認識(思える)できることは、未来量と虚空間量(光の単位量の内界=時空間量の根源=原子→分子→生物→宇宙に連続するもの)の内界に稼働(意識量にある)していること。

素粒子
(概念=単位)は原子の内界に在り、原子を見ることはできす、しかし原子(概念=単位量)に到達しようとして稼働(相互作用)する、そして原子(自己)は内界に素粒子を認識(自己そのものに在る)する。
原子(概念=単位)は分子の内界に在り、分子を見ることはできず、しかし分子
(概念=単位量)に到達しようとして稼働(相互作用)する。そして分子(自己)は内界に原子を認識(自己そのものに在る)する。
分子(概念=単位)は細胞の内界に在り細胞を見ることはできず、しかし細胞(概念=単位量)に到達しようとして稼働(相互作用)する。そして細胞(自己)は内界に分子を認識(自己そのものに在る)する。
細胞(概念=単位)は生物の内界に在り生物を見ることはできず、しかし生物
(概念=単位量)に到達しようとして稼働(相互作用)する。そして生物(自己)は内界に細胞を認識(自己そのものに在る)する。
そして生物(概念=単位)は宇宙の内界にあり、宇宙
を見ることはできず、しかし宇宙(概念=単位量)に到達しようとして稼働(相互作用)する。そして宇宙(自己)は内界に、あらゆる物体・生物の生み出す事象を認識(自己そのものに在る)する。
※哲学でいう心とは、心身二元論(心は身体という物質とは別に存在し性質も異なる)と、一元論(心的現象も、すべて物質の働きに還元できる)の二つがあるらしい。しかし心とは、一元論(心的現象の総量=連続する意識の総量に到達し消失する=自己の在ることをも認識できない=存在した=物質=無=今)が、心身二元論(質量という概念に完結=今が、表裏一体にある、到達していない未来量と虚空間量=すべての可能性の、ひとつに生まれ出ようとする=意識量)の内界に在るもの。心身二元論は一元論に到達し、到達した一元論は更なる心身二元論の内界に稼働する。
原因の内界に在る、あらゆる結果に到達しようとする(相互作用単位量=重力・時空間量=意識量=唯心論)と、表裏一体にある、あらゆる到達した結果(相互作用結果単位量の認識=物質=唯物論)で一対(同時)の連続の積み重ねにあり、宇宙(ひとつのもの)唯心論だけでも、唯物論だけでも稼働(存在)しない。


相対して一対(同時)に在り単位時空間量が生まれ出る(今=最大の相対的な違いから最少の相対的な違いに到達しようとする=今の内界に時空間量が稼働する)
※真にひとつのものとは、内界に相対する二つのものが在る。そしてあらゆる自己
(ひとつのもの)
は自己のみで稼働できず、あらゆる他者との相対的な違いに稼働(時空間量=意識量)できる。
宇宙はひとつのもの(過去に完結した概念宇宙)から始まった。そしてあらゆるひとつのもの(自己)は、あらゆる他者(ひとつのもの)と相対して一対に在る。あらゆる素粒子(自己)も、あらゆる素粒子(他者)と相対して一対になければ、宇宙(単位量)の内界に在ることはできない。そして原子→分子→物体→生物のすべては相対して一対に在る。宇宙とは相対して一対の総体(同時=ひとつのもの)に在り、そしてあらゆる宇宙も相対して一対という多世界(同時=ひとつのもの)の内界に、ひとつのものとして在る。

あらゆる自己(今=死=無=存在)は自己のみで稼働はできず、あらゆる他者(今=死=無=存在)の総体の有する相互作用単位量に稼働(更なる意識量=生)する。あらゆる宇宙は均等(中間=今)に始まろうとし、相反して、更なる均等(中間=更なる今)に終わろうとする。そしてあらゆる死(生の始まり)は均等(中間)に在り、相反して、あらゆる生の総量(死)は更なる均等(中間)に在ろうとして稼働したもの。
※原因(相互作用単位量)の内界に生まれ出た、あらゆる結果単位量(質量という概念)の存在は到達していない原因(相互作用量)を未来量と虚空間量と感じる。そして未来と虚空間に到達することは結果の総量という原因(過去)に還ったこと。あらゆる自己(到達すべき概念=ひとつのもの)は内界(相互作用単位量)のみに在り、しかしあらゆる自己の総体の生み出す更なる相互作用単位量(平行宇宙)に稼働し、更なる自己更なる到達すべき概念=ひとつのものに生まれ出る連続の積み重ね。

 

自己と外界
※概念宇宙(量子=同時)の内界に過去という概念の総体が重複する=同時の内界にあらゆる概念(自己)は別のものとして在る。
※あらゆる自己の内界(得たもの=知る=存在した)は、表裏一体に、あらゆる他己(得ていないもの=知らない=存在しない)と同時に在る。
自己(内界にある結果単位量の総体=同時=ひとつのもの)は、相対する、他己(内界に在る結果単位量の総体=同時=ひとつのもの)を意識(重力)しなければ新たな疑問(相互作用単位量=未来と虚空間=時空間量)を得られず、そして新たな結果単位量(答え)も生まれ出ない。

自己が今に在ることを、到達すべき自己という意識量の内界に認識(あらゆる今)する連続という生命の形態は、素粒子(質量という概念)から有り、外界に連続する、原子(更なる概念)→分子(更なる概念)→物体(更なる概念)→生物(更なる概念)→宇宙という概念の総量に到達しようとする相互作用単位量(意識量)に連続している。
その途中に生まれ出た生物(到達した概念=ひとつのもの=今)は、内界に分子(到達した概念=過去)→原子(到達した概念=過去)→素粒子(到達した概念=過去)の相互作用を有する総体を内在し、相反して、外殻(目的量に生まれ出た機能という形)という、ひとつのもの(世界観=生物)に在る。
そしてあらゆる自己(内界)は、あらゆる他(外界)と相互作用(重力=時空間量)を有し更なる結果(答え)を内界に積み重ねる(体験=知る=在るもの)。そして相互作用を有さなかった、他己(外界)は、自己(内界)に答えとして積み重ねられなかったという、知らない(体験しない=無いもの)ものに在る。そして知る(在るもの)と、知らない(無いもの)は、宇宙(到達すべき更なる概念=ひとつのもの)の内界に同時に在る(あらゆる未来は認識できない=すべての可能性のひとつに生まれ出ようとする=量子)
※物質を構成する素粒子は、単独(量子)にあり、自己(質量という概念量)に確定できない。しかし原子→分子→物体→生物という更なる概念(進化)の内界にすでに確定している。そして誰も観察(意識)する者が居なくても、月(自己)はあらゆる他己と同時に原理世界(相互作用を有する光りの単位の集積体=宇宙空間)の内界に存在している。
月を見た人
(意識)は内界に認識(体験=答え)を積み重ね月は紛れもなく存在した。しかし私が月を見ていなければ、自己(意識)の内界に認識(体験=答え=存在)の積み重ねはされず確実に同じ宇宙(単位量)の内界に存在する月も、私の意識(答えの総体)の内界には無いものと同じに在る。あるのは以前に見た月の記憶であり、今日も月は私と同時に存在しているだろうという想像の産物でもある。

 

宇宙に生まれ出た、あらゆる在るものは消滅しない(あらゆる今に在るものは、過去を自己の根源とし、表裏一体に、未来の内界に稼働する=無限)
※死(単位量)に到達しなければ更なる生(単位量=進化)に生まれ出れない
(死と死の内界に生が在る=生と生の内界に死がある)

生と、表裏一体にある、死で一対(ひとつのもの)であり、生のみで生は無く、死のみで死は無い。
※生と死の根源は光の単位量(質量という概念の、始まりから終わりまで)に在る=宇宙は光の単位量の生と死の連続の積み重ね(同じ原理上にあらゆる在るものに生と死が在る)
過去に在る概念に完結(ひとつのもの=死に到達し、しかし更なる分裂単位量を内在する=生まれ出ていない生=0次元)→始まりの分裂単位量(相互作用単位量=意識量=生)に生まれ出て質量という概念の前提に到達(1次元に完結=死)→更なる分裂単位量(相互作用単位量=意識量=生)に生まれ出て質量という概念に到達(2次元面に完結=死)→更なる分裂単位量(相互作用単位量=意識量=生)に生まれ出て質量という概念の総量に到達(光の速さに到達した素粒子=3次元に完結=死)
すべての次元は3次元に完結しようとする
(過去・今・未来が同時に在る)。あらゆる見かけ上の質量は過去に在る質量という概念の積み重ねの総体(今)であり、表裏一体に、あらゆる未来量と虚空間量(到達していない質量という概念)の内界に、あらゆる今が稼働するそして完結(無=死)と、表裏一体にある、意識(更なる相互作用単位量=生)の連続の積み重ねに更なる概念(原子→分子→物体→生物)
に連続しようとする。

無限に連続する分裂単位量(次元)に生まれ出た、あらゆる結果単量進化)に本質的な死は無く、あらゆる到達した、死((今に在る概念に完結)更なる概念の内界に稼働(生)している。

 

 

生と死

生物は進化の過程で物理的に得た機能という形を使い、物理的な光の粒子を使い、あらゆるものを見ることができる。しかしその根源的な理由とは宇宙を稼働する原理上にあるもの。

過去に完結した概念宇宙(0次元=光の粒子)が10に分裂(特異点=1次元=光の粒子の始まりの相互作用単位量)→2次元面(静止する質量という概念=自己に到達)→3次元に完結しようとする(質量という概念の総量に到達しようとする=時空間量=意識量)

宇宙の始まりから終わりまでのすべては光の粒子の相互作用量にあり、素粒子→原子→分子→物体→生物も、すべて光の粒子でできており、それらのすべては、自己(概念)に到達から、自己の総量(概念の総量)に完結するまでの時空間単位量(意識量)に稼働している。そして自己(相互作用単位量=意識)は光(自己と同じもの)を在るものと認識する(明るい)

生とは、更なる相互作用単位量(意識量)の内界にあり常に変化している(自己の到達していない=存在しない=無)であり、そして未来に稼働するものは過去(完結した意識量)と共に稼働(進化)している。

そして死とは、過去に完結した意識量に自己の在ることおも認識できない(存在=物量=無)であり、そして過去(完結した意識量)との相互作用も消失する。しかし原理世界(演算世界)の内界に在り、しかしあらゆる他者との相互作用を有さず、自己(物量)の内界(平行宇宙)に稼働(進化しない)する。